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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)240号 判決 1991年7月25日

原告

富士ゼロックス株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和60年審判第18985号事件について平成元年9月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

出願人 原告

出願日 昭和53年10月20日(昭和53年特許願第128570号)

発明の名称 「複写機の定着方法」

拒絶査定 昭和60年8月27日

審判請求 昭和60年9月27日(昭和60年審判第18985号事件)

審判請求不成立審決 平成元年9月7日

二  本願発明の要旨

定着すべき負に帯電してなるトナー画像16を支持する支持体15を、シリコーン系もしくはフツ素系のゴムまたは樹脂で各々被覆されて前記支持体15との摩擦帯電により各々の表面が負に帯電する加熱ロール1と加圧ロール4との間に通してトナー画像16を支持体15上に定着する複写機の定着方法において、前記トナー画像16と前記支持体15背面に接する前記加圧ロール4との間における、前記摩擦帯電によつて生じた静電反発力を現象せしめるように、前記加圧ロール4の表面電位を、前記加熱ロール1の表面電位よりも高くしたことを特徴とする複写機の定着方法(別紙図面一参照)。

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載のとおりである(特許請求の範囲の記載と同じ。)。

2(一)これに対して実願昭52―130741号(実公昭57―41793号公報(甲第三号証)参照。)以下、「引用例」という。)の考案の要旨は、その明細書および図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの、「定着用ロールA間に未定着トナー像を載せた用紙を通すことにより定着を行なうものにおいて、自己放電式除電器9を羽毛状でフレキシブルな多数の導電性線材10とこの導電性線材10を保持する保持部材11とで構成し、この自己放電式除電器9の導電性線材10を定着用ロールAに摺接させたことを特徴とする定着装置における定着用ロールへの用紙巻付防止装置」にあるものと認められる(別紙図面二参照)。

(二)  更に、この考案の実施例として、定着用ロールAは、テフロン被覆等が施された加熱ロール1と、シリコーンゴム等の絶縁性弾性体よりなる圧力ロール2とから構成され、その圧力ロール2に自己放電式除電器9の一端である導電性線材10を摺接させ、他端を接地するものが記載されており、これらの構成によつて、圧力ロール2の表面に、複写機等の定着装置の稼働時に、加熱ロールや用紙との摩擦によつて生じる静電気を消散させて完全に除去している。してみると、引用例の考案は、定着すべきトナー画像を支持する支持体(用紙)を、シリコーン系もしくはフツ素系のゴムまたは樹脂で各々被覆された加熱ロールと加圧ロールとの間に通して、トナー画像を支持体上に定着する複写機の定着方法において、支持体背面に接する加圧ロールの表面に加熱ロールや支持体との摩擦によつて生じる静電気を消散させて完全に除去するものを含むものであるといえる。

3  そこで、この引用例の考案と本願発明を比較すると、次の三点で一応相違し、その余の点では一致しているものと認められる。

相違点① 定着すべきトナー画像が、本願発明では負に帯電してなるものであるのに対し、引用例の考案ではいかなる極性に帯電してなるものであるかが明らかでない点。

相違点② 加圧ロールの表面に帯電する静電気が、本願発明では支持体(用紙)との摩擦帯電により生じた負の静電気であるのに対して、引用例の考案では、加熱ロール及び支持体との摩擦帯電により生じた静電気であり、その極性が明記されていない点。

相違点③ 加圧ロールの表面電位を、本願発明では、トナー画像と支持体背面に接する加圧ロールとの間における静電気によつて生じた静電反発力を減少せしめるように、加熱ロールの表面へのトナー画像のオフセツトを減少せしめるとともに、支持体への定着性を向上させているのに対して、引用例の考案では、自己放電式除電器によつて消散させて、加圧ロールへの用紙の巻き付きを防止している点。

4(一)  相違点①について

通常、定着すべきトナー画像は、正または負のいずれかの極性に帯電しているものであり、また、引用例の考案におけるトナー画像が負に帯電してなるものを含まない特段の事情は認められないので、引用例におけるトナー画像は正に帯電してなるものか負に帯電してなるものかのいずれかであり、この負に帯電してなるものが含まれる引用例の考案と本願発明とにおいて、定着すべきトナー画像の極性の点で差異があるとすることはできない。

(二)  相違点②について

引用例の考案と本願発明とでは、加熱ロールと加圧ロールの各表面の被覆の状態、トナー画像を支持する支持体の状態、及び、両ロール間を支持体を通過して定着される状態のいずれにおいても相違するところが認められないので、引用例の考案と本願発明とで加圧ロールの表面に帯電する静電気の発生原因及びその極性に差異があるとは認められない。

(三)  相違点③について

引用例の考案において、加圧ロールの表面に生じる静電気は、自己放電式除電器によつて消散させて完全に除去しているものであるから、この加圧ロールの表面電位は加熱ロールの表面電位よりも低いことはなく、同電位であるか高いものである。したがつて、加圧ロールの表面電位の点でも引用例の考案と本願発明とで格別の差異があるとは認められない。

(四)  このように、加圧ロールの表面電位の点で格別の差異がないことをはじめ、引用例の考案と本願発明とでは、前記①、②に関して検討したように、定着すべきトナー画像の極性の点、及び、加圧ロールの表面に帯電する静電気の点でも差異がないので、トナー画像と加圧ロールとの間における静電反発力の点においても両者に差異はなく、引用例の考案は、定着用ロール(加圧ロール)への用紙巻付を防止しているとともに、本願発明と同様に、加熱ロール表面へのトナー画像のオフセツトを減少せしめるとともに、支持体への定着性を向上させていると認められ、この点においても差異はない。

5  以上のように、前記各相違点はいずれも差異がないから、本願発明は、昭和52年9月30日の出願である引用例の考案と同一であり、特許法三九条三項の規定により特許を受けることができない。

なお、引用例の考案は、昭和60年7月16日付で拒絶査定され確定している。

四  審決の取消事由

1  審決の理由の要点1、2の(一)は認める。同2の(二)は、引用例の考案及びその実施例において、圧力ロールに生じる静電気を消散させて完全に除去するとの点を争い、その余は認める。同3、同4の(一)及び(二)は認める。同4の(三)及び(四)は争う。同5のうち、引用例の考案が昭和60年7月16日付で拒絶査定され確定していることは認め、その余は争う。

審決は、本願発明と引用例の考案との技術思想の相違、技術の実態の相違を看過し、相違点③についての判断を誤つた結果、本願発明は引用例の考案と同一であるとの誤つた結論を導いたものであるから違法として取り消されるべきである。

2  取消事由(相違点③の判断の誤り)

(一) 加圧ロール(引用例の考案の「圧力ロール」に相当する。以下、引用例の考案の「圧力ロール」を「加圧ロール」ということもある。)の表面電位に関し、引用例の公告公報には「定着装置の稼働時、圧力ロール2に低電圧領域の静電気が生じるが、この静電気は自己放電式除電器9によりほぼ完全に除去される。」と記載されている(三欄七行ないし一〇行)ところ、この「ほぼ完全に除去される」の「ほぼ」は、一般に「おおかた、およそ、だいたい」の意味で用いられ、一〇〇%所定の状態になる意では使用されないのが普通であるので、引用例の加圧ロール表面の電荷は完全に除去されず、自己放電式除電器を通過して加圧ロール表面には若干の電荷が残留しているものと解される。

したがつて、審決がいうように「引用例の考案において、加圧ロールの表面に生じる静電気は、自己放電式除電器によつて消散させて完全に除去している」ものではなく、また、審決の引用例の実施例の記載内容に関する認定(審決の理由の要点2の(二)も引用例の公報の記載事実と符合していないものである。

(二) ところで、引用例には、加圧ロール及び加熱ロールで構成された定着ロールと用紙との摩擦帯電で定着ロール及び用紙がいかなる極性に帯電するかについて説明されていないが、引用例の公報に、圧力ロール及び加熱ロールの材質について、「圧力ロールがシリコーンゴム等の絶縁性弾性体よりなり、さらに加熱ロールもテフロン被覆等が施されている」と記載され(二欄二行ないし四行)、本願発明の従来技術で用いている定着ロール材質とほぼ同じものであることから、定着ロールと用紙との摩擦帯電によつて生じる定着ロールの表面電荷は本願明細書に引用した従来技術と同様に負極性に帯電するものとみられ、引用例の定着ロール(圧力ロール及び加熱ロール)の表面電荷も負極性に帯電しているものと解されるところ、引用例の加圧ロール表面には若干の電荷が残留してるものと解されることは前記のとおりであるから、引用例の加圧ロール表面には若干の負電荷が残留しているものと解される。一方、加熱ロールの表面の電荷に関して、引用例の公報には、「なお、以上述べてきた実施例では加熱ロール1表面にテフロンコーテイングが施されているがこの層は非常に薄いため心材の金属シヤフトがアースとなつて静電気は蓄積されないが比較的厚い絶縁性材料により表面を被覆する加熱ロールを用いるものにあつては加熱ロールにも自己放電式除電器を必要とすることは云うまでもない。」と記載されている(三欄一三行ないし一九行)ことから、この加熱ロール表面のテフロンコーテイング被覆は静電気が蓄積されないほどの薄い被覆であつて、その表面はアース電位、すなわち零電位である。してみると、加圧ロール表面は若干負の電荷を帯び、一方、加熱ロールの表面は零電位であることから加圧ロールの表面電位は加熱ロールの表面電位よりも低いことになる。

また、本願明細書に例示してあるように、加圧ロールは金属コア上に加熱ロール被覆よりも圧倒的に厚い絶縁性弾性体で被覆されているので、両ロールの表面電位は加圧ロールがマイナス数千ボルトからマイナス数万ボルト、加熱ロールはマイナス数百ボルトからマイナス千ボルトに帯電するものである。したがつて、両ロールの表面電位は加圧ロールの方が加熱ロールより低く、かかる状態で、自己放電式除電器を用いて除電しても、消散により完全に除去し得るものではなく、若干の電荷が残り、加圧ロールの表面電位の方がより高い負電位を示すことは明らかで、結局、加圧ロールの表面電位は加熱ロールのそれよりも低いことになる。

したがつて、審決の「引用例の加圧ロールの表面電位は、加熱ロールの表面電位よりも低いことはなく、同電位であるか、高いものである。」との認定も誤りである。

(三) なお、本願発明の奏する作用効果についてみるに、本願発明は、「負に帯電した加圧ロール4の表面電位を、負に帯電した加熱ロール1(加圧ロール1とあるのは誤記。)の表面電位よりも高くすることにより、負に帯電したトナー画像16と支持体15背面に接する前記加圧ロール4との間における。摩擦帯電によつて生じた静電反発力を、前記トナー画像16と加熱ロール1との間における静電反発力よりも減少せしめて、前記加熱ロール1表面へのトナー画像16のオフセツトを減少せしめると共に、支持体15への定着性を向上せさることを目的と」し(甲第二号証の三、三頁一四行ないし四頁四行)、特許請求の範囲の構成を採用することにより、「トナー画像16は前記加熱ロール1側からの反発力をうけて加熱ロール1のオフセツトを顕著に減少させることができる。また前記加熱ロール1側からの反発力は、加圧ロール4(加圧ロール1とあるは誤記。)側への押付け力となつてトナー画像の溶融トナーが支持体15(支持体4とあるは誤記。)への繊維にぬれ易くなり、定着性が向上するものである」(甲第二号証の三、五頁二行ないし八行)との作用効果を奏するものである。

そして、この点を詳述するに、オフセツトとはトナー粒子が加熱ロール表面に付着する現象をいい、負の電荷を帯びたトナー粒子が用紙の上に担持された状態で加熱ロールと加圧ロールとが接触するニツプ域に突入すると、ニツプ域における加熱ロールの表面電位の方が加圧ロールの表面電位よりも高い場合には負に帯電したトナー粒子にはより高い電位方向に向かう力が作用し、該トナーは加熱ロール方向に向かい、その結果オフセツトが発生しやすくなる。そしてこの静電気によるオフセツト現象は、ニツプ域に用紙が突入する側で主に発生し、ニツプ域に突入した後はトナー粒子には定着熱が付与されたトナー粒子の粘弾性がオフセツトに大きく寄与するので発生しにくいことが確認されている。

このように、静電的なオフセツト現象は、ニツプ域に突入する部分の加熱ロール及び加圧ロールの表面電位と密接に関係あることに鑑み、本願発明は、本願発明の要旨のとおりの構成、特に、負極性のトナー並びに負に帯電する加熱ロール及び加圧ロールを用い、加熱ロールの表面電位よりも加圧ロールの表面電位を高くして、加熱ロールへのオフセツトを防止するとともに、定着性を向上させるものである。これに対して、引用例には、定着用ロールへの用紙の巻き付きを防止することができる点のみが記載され、定着すべきトナー画像の帯電極性については何ら言及されておらず、ましてや加熱ロールへのオフセツトを防止するとともに、定着性を向上させることについては何ら開示されていない。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認め、同四は、引用例の公告公報には「定着装置の稼働時、圧力ロール2に低電圧領域の静電気が生じるが、この静電気は自己放電式除電器9によりほぼ完全に除去される。」と記載されていること、及び、引用例の考案における「圧力ロール」が本願発明における「加圧ロール」に相当することは認めるが、その余は争う。

二1  引用例には、加圧ロールに関して、「その目的とするところは定着用ロールの表面に発生する静電気を消散させ得て定着用ロールへの用紙の巻き付きを確実になくすことができる」との記載(二欄二一行ないし二三行)、「定着用ロールAは加熱ロール1と加圧ロール2とより構成される。」との記載(二欄三〇行ないし三一行)、「そして、この自己放電式除電器9の線材10は加圧ロール2に摺接させてあり、自己放電式除電器9は接地してある。しかして、上述した定着装置の稼働時、圧力ロール2に低電圧領域の静電気が生じるが、この静電気は自己放電式除電器9によりほぼ完全に除去される。このために静電気による用紙の巻き付きがなくなる。」との記載(三欄四行ないし一二行)及び「したがつて、定着用ロールAの表面に発生する静電気を消散させることができて定着用ロールAへの用紙の巻き付きを防止することができる。」との記載(四欄七行ないし九行)が存在し、これら記載によれば、引用例の考案は、圧力ロールの表面に発生する静電気の影響を除くことを技術課題とし、導電性線材をとおして接地して積極的に静電気を消散させようとしているものであり、圧力ロールの表面は導電性線材をとおして大地に接地しているものであるから圧力ロールの表面に発生する静電気は、消散されて完全に除去されるものであり、表面電位が零電位になることは明らかである。

なお、引用例には「静電気は自己放電式除電器9によりほぼ完全に除去される。」なる記載があるが、ここに記載されている「ほぼ完全に」とは、加圧ロールの表面のことではなく、加圧ロールの表面以外の部分すなわち導電性線材とは接していない加圧ロールの内部に存在する静電気が僅かに残留していて、この残留する静電気の存在を意識して、「ほぼ完全に」としたものと思われる。しかしながら、この残留する静電気は、零に近いものでなければ静電気は消散されていないことになり加圧ロールに用紙が巻き付くことになつてしまい、技術的課題の解決にはならないから、限りなく零に近い僅かなものであると思われる。

2  引用例には、加熱ロールに関して、「加熱ロール1表面にテフロンコーテイングが施されているがこの層は非常に薄いため心材の金属シヤフトがアースとなつて静電気は蓄積されないが、比較的厚い絶縁性材料により表面を被覆する加熱ロールを用いるものにあつては加熱ロールにも自己放電式除電器を必要とすることは云うまでもない。」との記載(三欄一三行ないし一九行)が存在することから、引用例の考案の加熱ロールの表面は、非常に薄い層によつて被覆されているものから比較的厚い絶縁性材料の層によつて被覆されているものまで種々存在し、非常に薄い層の場合には心材の金属シヤフトがアース(接地)となつて、静電気は蓄積されず表面電位は零電位であるのに対し、比較的厚い層の場合は、心材の金属シヤフトのアース(接地)だけでは静電気が蓄積されてしまい表面電位は零電位でなくなるため、加熱ロールの表面にも加圧ロールと同様に自己放電式除電器を摺接させて接地して表面電位を零電位としていることが認められ、このことから、加圧ロールの表面の被覆層が非常に薄い層の場合及び厚い層であつても自己放電式除電器によつて接地されている場合には表面電位は零電位となり、それ以外の場合、すなわち、非常に薄い層からやや薄い層、そして厚い層へと被覆層の厚さが増す範囲で、自己放電式除電器によつていまだ接地されていない場合(本願発明において、加熱ロールの表面電位がマイナス数百ボルトないしマイナス一〇〇〇ボルトになつている場合(甲第二号証の二、四欄一三行ないし一五行)も、この場合に相当する。)には、静電気は蓄積されてしまい、その結果、表面電位が零電位が零電位でなくなることは明白である。

このことは、引用例において、加熱ロールにのみストリツパフインガ8が摺接されている(二欄三四行ないし三五行)ことからも、充分に窺えることである。すなわち、ストツリパフインガは、ロールに巻き付いた用紙を剥がすことによつて、用紙の巻き付きを防止するものであるが、このストリツパフインガが加熱ロールにのみ設けられているのであるから、加熱ロールには、用紙が巻き付く可能性があり、用紙を吸いつける静電気が蓄積される可能性があるものである。

以上のとおりであるから、引用例において、加圧ロールの表面電位は接地されて零電位であるのに対して、加熱ロールの表面電位は、接地されて零電位である場合と、接地されてなく静電気が蓄積されていて零電位ではない場合とがある。すなわち、加熱ロールの表面電位は、加圧ロールの表面電位と同電位(零電位)であるか、低い電位(負電位)のものである。これを加圧ロールの方からみると、加圧ロールの表面電位は、加熱ロールの表面電位より低いことはなく、同電位であるか高いものであるということになり、この点に関する審決の認定に誤りはない。

3  原告は、本願発明の奏する作用効果の主張において、引用例には定着すべきトナー画像の帯電極性については何ら言及されていない旨主張するが、引用例の考案には負に帯電してなるトナー画像が含まれていることは審決の認定するとおりである。また、加圧ロールの表面電位には零電位であり、加熱ロールの表面電位は零電位よりも低い電位(負電位)のものがあることは前記のとおりであるから、引用例の考案に加圧ロールの表面電位を加熱ロールの表面電位よりも高くした定着装置によつて負に帯電してなるトナー画像を定着する方法が含まれていることは明らかである。

このように、引用例の考案の定着方法は、本願発明の定着方法と実質的に同一の定着方法であるから、静電反発力に関する作用においても、本願発明と同様に、トナー画像の電荷と加圧ロールの電荷との間の静電的な反発力をトナー画像の電荷と加熱ロールの電荷との間の静電的な反発力よりも減少せしめることができるものであり、また、効果においても、加熱ロールのオフセツトを顕著に減少させることができ、定着性が向上するものである。

第四証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  本願発明の概要

成立に争いのない甲第二号証の二及び三(本願発明の特許公告公報及び昭和63年11月29日付手続補正書、以下、「本願明細書」という。)によれば、本願明細書には、本願発明の背景、技術的課題(目的)及び作用効果に関し、概ね次のとおりの記載があることが認められる。

1  本願発明の背景

本願発明は、トナー画像を担持する支持体の表面にトナー画像を接触加熱定着する複写機の定着方法に関する(甲第二号証の二、一欄一三行ないし一五行)。

従来、電子写真法等により支持体上にトナー画像を形成し、そのトナー画像を熱、圧力、溶剤蒸気等により溶融または溶解して支持体表面に永久定着する方法が知られている。かかるトナー画像の定着において、いわゆる加熱定着法は、少なくとも一方を加熱した一対のロール間に一定圧力を印加し、未定着トナー画像を有する支持体を通過させることにより定着を行なうものであり、別紙図面一第1図は従来一般の接触加熱定着法の概略を示すもので、加熱ロール1と加圧ロール4のニツプ部にトナー画像16を支持する支持体15を通過することにより、加熱ロールの表面からの伝熱によりトナーが軟化し、トナー同志が合体するとともに支持体の繊維内に浸み込み、その後冷却されることにより固化し永久定着象となるものであるが、加熱ロールの加熱表面がトナー画像と直接に接触するため、トナーを含む粘着性物質が加熱ロール表面に付着する(以下、「オフセツト」という。)現象が生じる。これを防ぐために、加熱ロールの表面に、シリコーンオイル、例えばジメチルシリコーンオイル等の離型剤10を、ワイツク7あるいはロール等により塗布し且つプレート8により厚みを規制し、常に均一に供給するようにしているにも拘らず、目には定かではないが、微粒子オフセツトが発生してウインツグ、プレート等オイル供給手段を徐々に汚してしまい、ついには均一なオイル供給ができなくなつてしまい、そのために、急激にオフセツトが増加してコピーを汚したり、コピー上にオイルのシミとなつて現れる(同欄一六行ないし三欄三一行)。

かかるトナー画像を接触加熱定着する定着方法において発生するオフセツトの量は、トナー樹旨、ロール材質、ロール表面温度、ニツプ内の圧力、オイル供給量、ニツプ通過時間等多くのパラメータによつて変化することが知られているが、本願発明の発明者らの実験、研究によれば、かかるオフセツトの量は、これらのパラメータ以外に、加圧ロール及び支持体上のトナー画像の電荷が多分に影響していることが判明した。すなわち、本願発明の発明者らの実験によると、テフロンやシリコーンゴムで被覆された加熱ロールと加圧ロールのニツプ域にトナー画像が載つた支持体を通過させると、摩擦帯電により、両ロールの表面にはマイナス(-)の電荷が生じ、支持体にはプラス(+)の電荷が生じるものであつて、その表面電位は、加熱ロールではマイナス数百ボルトないしマイナス一〇〇〇ボルト、加圧ロールではマイナス数千ボルトないしマイナス数万ボルト、支持体ではプラス数百ボルトないしプラス数千ボルトに達していることが明らかになつた(同三欄四一行ないし四欄一八行)。このように加圧ロールの表面電位が加熱ロールの表面電位よりも高くなる(マイナス(-)の電荷の絶対値で加圧ロールと加熱ロールの表面電位を比較すれば、このように、加圧ロールの表面電位が加熱ロールの表面電位よりも高くなる、と表現することができるが、本願発明の特許請求の範囲の記載における両者の電位の比較が絶対値による比較でないことは、その記載自体及び後記二2に認定する本願発明の技術的課題についての記載から明らかであり、右本願発明の特許請求の範囲記載における両者の比較と表現を統一すれば、加圧ロールの表面電位が加熱ロールの表面電位よりも低くなるとするのが正しい。)のは、通常加圧ロール表面の被覆は加熱ロール表面の被覆よりも充分に厚いため両ロールに等しい電荷量が与えられても肉厚の被覆を介して存在する電荷の方が肉薄の被覆を介して存在する電荷よりもロール表面の電位としては高くなる(前同様、本願発明の特許請求の範囲の記載と表現を統一すれば、「低くなる」とするのが正しい。)ことによるものである。したがつて、支持体に転写されたトナー画像のマイナス(-)の電荷が、加熱ロールのマイナス(-)の電荷に対する静電的な反発力(斥力)よりも加圧ロールのマイナス(-)の電荷に対する静電的な反発力(斥力)の方が極端に大きくなり、支持体に転写されたトナー画像は加熱ロール側へ押される状態となり、その結果、加熱ロールへトナー等が付着する所謂オフセツト現象が生じることが判明した(甲第二号証の三、二頁一五行ないし三頁一二行)。

2  技術的課題(目的)

本願発明は、負に帯電した加圧ロールの表面電位を負に帯電した加熱ロール(「加圧ロール1」とあるのは「加熱ロール1」の誤記であると認められる。)の表面電位よりも高くすることにより、負に帯電したトナー画像と支持体背面に接する加圧ロールとの間における摩擦帯電によつて生じた静電反発力をトナー画像と加熱ロールとの間における静電反発力よりも減少せしめて、加熱ロール表面へのトナー画像のオフセツトを減少せしめるとともに、支持体への定着性を向上させることを目的とするものである(甲第二号証の三、三頁一三行ないし四頁四行)。

3  作用効果

本願発明は、負に帯電した加圧ロールの表面電位を負に帯電した加熱ロール(「加圧ロール1」とあるのは「加熱ロール1」の誤記とあると認められる。)の表面電位よりも高くすることにより、支持体に転写されたトナー画像の電荷と加圧ロールの電荷との間の静電的な反発力をトナー画像の電荷と加熱ロールの電荷との間の静電的な反発力よりも減少しめることができるので、トナー画像は加熱ロール側からの反発力を受けて加熱ロールのオフセツトを顕著に減少させることができる。また加熱ロール側からの反発力は、加圧ロール側への押付け力となつてトナー画像の溶融トナーが支持体への繊維にぬれ易くなり、定着性が向上するものである(同四頁一五行ないし五頁八行)。

三  取消事由に対する判断

1  引用例の考案及びその実施例が、「加圧ロールに生じる静電気を消散させて完全に除去する」との点を除き、審決の理由の要点2記載のとおりであること、本願発明と引用例の考案との相違点及び一致点は審決の理由の要点3記載のとおりであること、相違点①及び②についての審決の判断が相当であることについては、当事者間に争いがない。

2  相違点③についての審決の判断の当否

(一)  本願発明の要旨及び前記二に認定したところによれば、本願発明は、トナー画像を接触加熱定着する定着方法において発生するトナー画像の加熱ロール表面へのオフセツト現象が加圧ロール及び支持体上のトナー画像の電荷が多分に影響しており、従来の接触加熱定着法においては加圧ロールの表面電位は加熱ロールの表面電位よりも低いものであるのが通常であるところ、これを負に帯電した加圧ロールの表面電位を負に帯電した加熱ロールの表面電位よりも高くすることにより、支持体に転写されたトナー画像の電荷と加圧ロールの電荷との間の静電的な反発力をトナー画像の電荷と加熱ロールの電荷との間の静電的な反発力よりも減少しめて、加熱ロール表面へのトナー画像のオフセツトを減少せしめるとともに、支持体への定着性を向上させることができるとの知見に基づいて、本願発明の要旨に係る構成を採用したもので、審決が相違点③において引用例の考案との構成上の相違として指摘した「加圧ロールの表面電位を加熱ロールの表面電位よりも高くしたこと」を構成上の特徴とするものであると認めることができる。

(二)  一方、前認定に係る引用例の考案は、審決が相違点③において本願発明との構成上の相違として指摘した「自己放電式除電器の導電性線材を定着用ロールAに摺接させたこと」を構成上の特徴とするもので、この定着用ロールAは加熱ロール及び圧力ロール(引用例の考案における「圧力ロール」が本願発明における「加圧ロール」に相当することは、当事者間に争いがない。以下、引用例の考案における「圧力ロール」を「加圧ロール」ということもある。)とから構成されているものと認めることができる。そして、引用例の公報に、定着装置の稼働時、圧力ロール2に低電圧領域の静電気が生じるが、この静電気は自己放電式除電器9によりほぼ完全に除去される。」と記載されていることは当事者間に争いがなく、更に、成立に争いのない甲第三号証(引用例の公告公報)によれば、同公報には、「実施例では加熱ロール1表面にテフロンコーテイングが施されているがこの層は非常に薄いため心材の金属シヤフトがアースとなつて静電気は蓄積されないが比較的厚い絶縁性材料により表面を被覆する加熱ロールを用いるものにあつては加熱ロールにも自己放電式除電器を必要とすることは云うまでもない。」との記載(三欄一三行ないし一九行)が存在し、また、考案の目的に関する記載として「その目的とするところは定着用ロールの表面に発生する静電気を消散させ得て定着用ロールへの用紙の巻き付きを確実になくすことができるばかりか、除電機構を既存の定着装置にも大きな改造なしに容易に取り付けることができると共に、新たに定着装置を作る場合でも構造が複雑になることがない定着装置における定着用ロールへの用紙巻付防止装置を提供することにある。」との記載(二欄二一行ないし二八行)が、作用効果に関する記載として「定着用ロールAの表面に発生する静電気を消散させることができて定着用ロールAへの用紙の巻き付きを防止することができる。しかも、定着用ロールの除電を行うものに保持部材11に多数の導電性線材10を取付けて成る自己放電式除電器9を用いたことにより、この自己放電式除電器9は定着装置の任意の空所に設けることができるので、既存の定着装置にも大きな改造なしに容易に取り付けることができると共に、新たに定着装置を作る場合でも構造が複雑になることがなくなる。」との記載(四欄七行ないし一七行)がそれぞれ存在することが認められる。

以上を総合すれば、引用例の考案は、加熱ロール及び加圧ロールからなる定着用ロールの表面に発生する静電気を自己放電式除電器と摺接させて消散させることによつて定着用ロールへの用紙の巻き付きをよ防止することを技術内容とする装置であり、自己放電式除電器を加熱ロール及び加圧ロールのいずれのロールに摺接させるかについては、加圧ロールのみに静電気が生じる場合にあつては加圧ロールのみに摺接させ、また、加熱ロール及び加圧ロールの両者に静電気が生じる場合にあつては両者のロールに摺接させるものであることが示されているものと認めることができる。すなわち、引用例の考案は、加熱ロール及び加圧ロールの両者の静電気の帯電量をともに零とすることを目指していることにその技術的意義を見出すことができるのであるから、引用例が開示する技術的事項は両ロールの静電気を可能な限り零にすることにあり、一方のロールに静電気を積極的に存在させて両ロールの表面電位に差を設けることについては何ら開示されけていないものと認めるのが相当である。もつとも、引用例の考案においても、一方のロールに静電気が残存し、両ロールの表面電位の差が生じることは不可避的現象として否定することはできないが、その差の程度は極めて僅かであり、また、そのような現象は引用例の考案が意図するところではないから(むしろ意図に反するところである。)、引用例の考案を実施する過程において右のようなロール間の表面電位差がたまたま生じたとしても、これをもつて引用例が開示する技術的事項であるとすることは相当ではない。

(三)  この点に関し、審決は、引用例の考案の加圧ロールの表面電位は加熱ロールの表面電位よりも低いことはなく、同電位であるか高いものである旨認定し、被告も、引用例の加圧ロールの表面電位は接地されて零電位であるのに対して、加熱ロールの表面電位は、接地されて零電位である場合と、接地されてなく静電気が蓄積されていて低い電位(負電位)の場合とがあるから、加圧ロールの表面電位は、加熱ロールの表面電位より低いことはなく、同電位であるか高いものであるということになり、この点に関する審決の認定に誤りはない旨主張する。

しかしながら、前記のようにロール表面に静電気を帯電させること自体引用例の考案の意図するところでなく、たまたま不可避的に残留した静電気による両ロール間の電位差を論ずること自体引用例の考案においては技術的に無意味なことであるから、審決の前記認定判断及びこれを支持する被告の主張はいずれも理由がない。

なお、被告は、引用例において、加熱ロールにのみストリツパフインガ8が摺接されているところ、ストリツパフインガはロールに巻き付いた用紙を剥がすことによつて用紙の巻き付きを防止するものであるから、加熱ロールには用紙を吸いつける静電気が蓄積される可能性があるものである旨主張する。そして、前掲甲第三号証によれば、引用例の公告公報には、考案の一実施例を示す図面(別紙図面二第1図)には加熱ロールにのみストリツパフインガ8が摺接されている装置が示されていることが認められる。しかしながら、用紙が加熱ロールに巻き付く原因としては、トナー画像を用紙に接触加熱定着する際に加熱ロールに溶融したトナーが付着するのに伴い用紙が加熱ロール巻き付くなど、加熱ロールに静電気が帯電することによる以外の原因も充分に考えられるところであるから、加熱ロールにのみストリツパフインガが摺接されていることから直ちに加熱ロールに静電気が蓄積されて負に帯電していることを示していると結論づけことはできず、右被告の主張は理由がない。

(四)  以上のよれば、本願発明と引用例の考案における相違点③の構成は同一ではなく、審決が、相違点③に対する判断において、「加圧ロールの表面電位は加熱ロールの表面電位よりも低いことはなく、同電位であるか高いものである。」として、「加圧ロールの表面電位の点でも、引用例の考案と本願発明とで格別の差異があるとは認められない。」と認定した点は誤りであると認められる。

(五)  更に、審決は、作用効果の点についても、引用例の考案と本願発明とでは加圧ロールの表面電位の点で格別の差異がないことを前提として、「トナー画像と加圧ロールとの間における静電反発力の点においても両者に差異はなく、引用例の考案は、定着用ロール(加圧ロール)への用紙巻付を防止しているとともに、本願発明と同様に、加熱ロール表面へのトナー画像のオフセツトを減少せしめるとともに、支持体への定着性を向上させていると認められ、この点においても差異はない。」と認定しているが、本願明細書には、本願発明における、加熱ロール表面へのトナー画像のオフセツトを減少せしめるとともに、支持体への定着性を向上させているとの効果は、負に帯電した加圧ロールの表面電位を負に帯電した加熱ロールの表面電位よりも高くすることにより生じるものである旨が記載されていることは前認定のとおりであるから、引用例の考案と本願発明とでは加圧ロールの表面電位の点で格別の差異がないとは認められない以上、引用例の考案と本願発明とでは作用効果の点においても差異がないとする審決の認定は誤つたものといわざるを得ない。

3  以上によれば、相違点③についても引用例の考案と本願発明とでは差異がないとした審決の判断には誤りがあり、本願発明と引用例の発明とは実質的に同一であるとすることはできないから、審決は、違法なものとして、その取消しを免れない。

四  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 裁判官 杉本正樹)

<以下省略>

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